リハビリ施設に転院へ! 不屈の精神で頑張れアレックス・ザナルディ!

ドライバー列伝

かつてのF1ドライバー、アレックス・ザナルディ選手。

写真は1994年の鈴鹿サーキットでロータス109を駆る姿です(ボケボケですみません)。

6月20日にハンドサイクルでトラックと衝突事故にあい、頭部を損傷。

その後、入院・手術が続いていました

そんな中、人工的な昏睡状態から解かれ、リハビリ施設に転院するニュースが流れてきました。

詳細はこれ以上は解かりませんが、事故直後の深刻な状況から考えると良い方向であることは間違いないのでしょう

これまでも何度も困難を乗り越えてきた彼です、きっと今回も乗り切ってくれるはずです。

それを信じて、彼のこれまでの尊敬すべき不屈の闘志を振り返ってみることにしましょう。

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F1時代:1991~94年、99年

(引用元:F1公式Twitter)

イタリア生まれで、当時は、アレックスではなくアレッサンドロという名前で参戦していました。

デビューは1991年、ジョーダンから後半3戦のみ出場。

続いて1992年もミナルディからスポット参戦。

ようやく1993年からロータスでフル参戦を果たし初入賞を記録します。

が、動画のようにベルギーGPのオー・ルージュで身の毛もよだつ大クラッシュ

結局シーズン途中で離脱することになります。

しかしその後、1994年には復帰します

さらにその後、1999年も参戦しますが、目立った結果は残せずF1を去ることになります。

この頃は、マシンに恵まれなかったこともあり無理をすることも多かったのでしょうね。

見ていて、クラッシュが多そうなイメージのドライバーだったのが印象に残っています。

CART時代:チャンピオン獲得と、運命のクラッシュと。

F1で結果を残せなかったザナルディは、1996年からは舞台をアメリカに移して戦うことになります。

CARTシリーズ(簡単に言うと今のINDY)にて、初年度1996年にランク3位を獲得した後、1997~98年に連続チャンピオンを獲得

その勢いで前述の通り1999年にF1に復帰しますが、残念ながら結果を出せず。

また2001年にCARTに戻ってきます

そこで、後の運命を大きく変える大クラッシュに遭遇します。

ピットロードを出たところでスピンしたザナルディのマシンの側面に、別のマシンが時速300km/h近くで突っ込みクラッシュ

いわゆるTボーンクラッシュでした。

インパクトが大きいので写真は載せませんが、マシン前部が大破し、足に大きな損傷を負ったザナルディは両足の切断を余儀なくされてしまいます。

さらに生命の危険とも戦った結果、なんとか一命はとりとめました

レース復帰と、パラリンピック転向と。

(引用元:F1公式Twitter)

ここからがザナルディの尊敬すべき凄いところです。

両足切断という状況から必死にリハビリを行い、なんと20か月後には特別仕様マシンに乗り込みます。

そして、事故が発生したレースの残り周回を見事に走り切りました

感動的なエピソードですよね。

さらにその後は、BMWからツーリングカー選手権に本格的に復帰するだけではなく、なんと優勝や表彰台も記録

2006年にはF1 BMWザウバーのテスト走行も実施します。

これだけでも、不屈の精神を持ったすごい男だということがわかりますよね。

 

しかし、これだけで終わらないのがザナルディの凄いところ

次は、ハンドサイクルの世界に転向。

2012年のロンドン、2016年のリオ・デジャネイロと2大会連続でパラリンピック金メダルを獲得します!

どんだけポジティブな男なんだと、当時このニュースを見ていた管理人は、ザナルディを人として尊敬して見ていました。

誰もが復活を祈っています

(引用元:イタリア ジュゼッペ・コンテ首相Twitter)

ご覧のようにイタリア首相も応援ツイートするくらい、きっとイタリアでは国民的ヒーローなのでしょう。

今年のF1開幕戦でも、ドライバーのヘルメットに「FORZA ALEX」のステッカーが貼られていましたね。

世界中のファンが、きっとまた元気に帰ってくるのを心待ちにしている証拠かと思います。

 

今回のトラック事故は、東京パラリンピックに向けた練習中に遭ってしまったそうです。

でもF1やCARTでの大クラッシュ後も、不屈の精神で何度も蘇ってきたザナルディです。

きっとザナルディなら、元気に来年に東京にやってきてくれるんじゃないか。

みんなでそう信じて、待つことにしましょう!

 


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