ホンダF1撤退で、ニッポンのF1が史上最大の危機? 救世主として角田裕毅に期待!

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Dutch Photo Agency/Red Bull Content Pool
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衝撃のホンダF1撤退ニュースから一夜明けて、まだ落ち着きを取り戻せません。

事実を受け入れてはいるものの、

  • 2022年以降の鈴鹿でのF1開催
  • フジテレビのF1放映延長
  • 角田選手のサポート

などなど、今後の不安が頭をよぎって考えてしまいます。

 

F1には多くの日本企業が関連しています。

でも我々ファンはどうしても日本人ドライバーや日本製エンジンに目が行きがち。

ホンダの撤退によりその片輪が確実に居なくなります。

これは、F1が日本からすごく遠くなってしまう危機的状況だと思っています。

 

中嶋悟さんがF1に日本人で初めてフル参戦し、フジテレビが地上波でF1中継を開始した1987年が日本でのF1の夜明け

それ以降で、ここまで危機感を持ったことは無かったです。

日本のエンジンメーカーやドライバーが居なかったシーズン、これまでにも何度かありました。

どうやって乗り越えてきたのか、調べてみることにします。

 

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日本製エンジンメーカー

まず、1987年以降の日本のメーカーの系譜を並べてみます。

年度 メーカー
1987年 ホンダ

第二期

   
1988年    
1989年 ヤマハ
1990年 スバル
1991年  
1992年 無限ホンダ
1993年  
1994年  
1995年  
1996年  
1997年  
1998年    
1999年    
2000年 ホンダ

第三期

 
2001年    
2002年 トヨタ  
2003年  
2004年  
2005年  
2006年  
2007年  
2008年  
2009年    
2010年      
2011年      
2012年      
2013年      
2014年      
2015年 ホンダ

第四期

   
2016年    
2017年    
2018年    
2019年    
2020年    
2021年    

 

並べてみると解りやすいですね。

日本のメーカーがF1に居なかったのは2010~14年と解ります。

 

1980~90年代のバブル期には、最大3つの日本メーカーがF1に参戦していました。

古いファンの方はご存知でしょうが、伝説のスバル・コローニとか、懐かしすぎます(笑)

 

2000年代は、トヨタ、ホンダの国内2大メーカーがF1で共に凌ぎを削っていた時代。

それが、リーマンショックの影響で両メーカーとも2008~09年に撤退。

1987年以降初めて、2010~14年まで5年間は日本製エンジンが不在の危機を迎えます。

 

2015年にホンダが唯一日本メーカーとして復帰するも、昨日のホンダ撤退の発表により2022年以降は再び危機を迎えるということになります。

 

日本人ドライバー

続いて、日本人ドライバーの系譜です。

年度 ドライバー
1987年 中嶋悟  
1988年  
1989年 鈴木亜久里
1990年
1991年
1992年 片山右京
1993年
1994年 井上隆智穂
1995年
1996年  
1997年 中野信治
1998年 高木虎之介
1999年  
2000年    
2001年    
2002年 佐藤琢磨  
2003年
2004年 佐藤琢磨  
2005年  
2006年  
2007年  
2008年 中嶋一貴  
2009年
2010年 小林可夢偉  
2011年  
2012年  
2013年    
2014年 小林可夢偉  
2015年    
2016年    
2017年    
2018年    
2019年    
2020年    
2021年 角田裕毅?  

1987年以降で、F1にフル参戦した日本人ドライバーを並べてみました。

スポット参戦や、フリー走行のみ出走は除いています。

日本人ドライバー不在期間は、2000~01年、2003年、2013年、2015年以降ということが解ります。

 

中嶋悟さんの日本人フル参戦以降、1999年までは常時1~2名のフル参戦が居たことが解ります。

しかし2000~01年に、ついに日本人ドライバーが途絶える危機を迎えます。

ただし同じ2000年にホンダがF1復帰し、2002年にはホンダ期待の佐藤琢磨がデビュー。

その後は、一部浪人となった年はあるものの、2014年までホンダ系・トヨタ系の日本人ドライバーがF1に参戦し活躍し、危機を乗り越えていったことが解ります。

 

しかし2015年からは、またも日本人ドライバーが誰も居なくなってしまいます。

ですが同じ年にホンダもF1に復帰し、マクラーレン・ホンダ復活というニュース性もあり、危機には感じませんでした。

 

日本のF1の危機を救ってきたのは?

© F1 in the 2000s Twitter

調べてみて、理由が解ってきた気がします。

うまい具合に、ドライバーとメーカーで相互に不在期間を補完していることがよく解かりました。

 

日本人ドライバー不在となった2000年と2015年。

両年共にホンダが復帰してくれた年です。

日本人ドライバーが居なくなる淋しさの代わりに、ホンダ復帰時期と重なることで淋しさを埋めていてくれたのでしょう。

 

逆に、トヨタとホンダが撤退し、日本製エンジンメーカーが不在となった2010~14年。

その際には小林可夢偉選手が孤軍奮闘し、その淋しさを埋めていてくれていたということかもしれません。

 

メーカーもドライバーも両方居なかった唯一の年が2013年でした。

しかしこれも、翌年からの可夢偉復帰や、2015年からのホンダ復帰のニュースのあった年なので、乗り越えられたわけですね。

 

今回ホンダが撤退したとしても、日本人ドライバーの活躍があれば、ニッポンのF1の未来は明るいのかもしれません。

 

つまり、日本F1の将来はこの若者にかかっている?

© Yuki Tsunoda Twitter

F1の楽しみ方はもちろん人それぞれです、日本人や日本のメーカーが活躍することだけではありません。

フェラーリなどの外国のチームや、外国人ドライバーしか応援していない方も普通に居ると思います。

しかし、そんなファンの方にも今回のホンダ撤退の事実は影響してくると思います。

 

例えば、鈴鹿でのF1開催、フジテレビNEXTの放映、F1雑誌の発刊など、今後の日本でのF1観戦や視聴を考えた場合には、危機的な状況を迎えるのは間違いないと思っています。

 

それを打破するためには、日本のF1の未来はこの角田裕毅選手の活躍にかかってるのかもしれません。

20歳の若者にそんな重荷を背負わせたくないですし、本人はあくまで自分のために走って欲しいです。

 

でも、今後の日本でのF1観戦や視聴環境を考えたときに、彼がF1で活躍するとしないとでは大違いです。

来年またF2の事情や運がどう変わるかわかりません、やはりF1には上がれるうちに上がるのがセオリーかと思います。

なんとか、来年からのF1昇進を祈りましょう。

 

かつて、トヨタが撤退後もブランドを隠して可夢偉をサポートしたり、

ホンダもジャッドエンジンを搭載している中嶋悟をさんをサポートしたり。

 

最後にホンダとしてできる限りの角田選手へのサポートを期待して、

全F1ファンに関わることなので、引き続き角田選手のF1昇格を応援することにしましょう!

 

以上、ニッポンのF1危機と角田選手への期待でした!

 


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